カステラ書房の毎日

webで小説やエッセイを書く〝阿倍カステラ〟の勤務先。それが『カステラ書房』。今日もひっそりとオープン‼︎

エヴァ知らずが元ネタよりも先に稲垣早希をずっと見てたことの不思議さ


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◇◇◇後半の話題に出てくる番組。これ観てたんだよなあ (TBSチャンネル HPより)◇◇◇





椎名林檎は『ギブス』で、あたしが古くなるから写真を撮られることを厭がるのだと歌うけど。




◇◇◇




稚拙な言葉や拙い語彙力で今の自分を語りたくない。

今の自分が語る「自分」を未来に持って行きたくない。


過去を捨て未来も捨てた。

それは過去を否定まではしないけど、未来を否定しているような言動であり歪さを感じる。



椎名林檎が歌うようには僕は古くなった自分を厭がったりはしないが、『ギブス』は椎名林檎が高校生の頃に作った歌だ。その頃に書いた歌詞かと思うと感心しきりだけれど、若さ故に書けたものだと言えなくもない。もちろんそれは椎名林檎さんにしかない素晴らしい資質なんだろうけど。



村上春樹さんは自分の書いた小説を読むことはないと言う。村上春樹からしたら過去よりも、これから書き出す一行のその先の未来の方に断然興味があるのだ。何が起こるかわからない未来にわくわくするのだと、結末を決めずに、書き出したその先に物語があるのだと自身のラジオ番組『村上RADIO』で言っていた。そうやって(結末を決めずに)書いた方が、書く方も読む方も楽しいものになるのだというようなことを言ってたと記憶してる。



だからといって椎名林檎の『ギブス』の、写真を撮られることを厭がる女性が、撮られた写真を自分で見なければ良いってことにはならない。



人は自分を見ることはできない。

一時的に鏡に映して見たり、それこそ写真に撮ったものや映像で見るしかない。だけど幽体離脱でもしない限り自分を客観的に見ることはできない。

それに鏡に映る自分が本当の自分かも疑わしい。



でも本当の自分を書くことはできると思う。書くことによって本当の自分を知ることも然りだ。


それが今できなくても、いつかできると信じたくなった4月26日の日曜日。



例年なら世間はゴールデンウィークの始まりで浮かれ気分なんだろうけど、なんとなく静まってる感じがしてる。まあ家にこもりっきりだから外の雰囲気なんて感じられるわけがないので、感覚的なもんは気のせいだとしても報道を見るかぎりそうみたいだ。



今日はYouTubeで期間限定公開中の『エヴァンゲリヲン 新劇場版:Q』を観た。すでにこの何日かで『エヴァンゲリヲン 新劇場版:序』と同じく『破』も観たので、先日公開が延期になったと発表された『シン・エヴァンゲリオン 劇場版:|| 』(ちなみに劇場版のあとに付いてるのはリピート記号らしい)に間に合った。


エヴァンゲリオンを全然観たことなかったからさ。それなのに桜 稲垣早希さんのアスカをはじめとするエヴァのものまねが好きで、彼女のYouTubeチャンネルや夫婦でやってるやつのエヴァ関連のは元ネタよりも先にすべて観てる。意味なんてわからないんだけど不思議となんだか面白いんだよな。稲垣早希さんについては昔やってたテレビ番組『ロケみつ』の「ブログ旅」も観てたもんで結構前から知ってたし。


でもエヴァンゲリオンはさあ、さっぱりわかんない。面白いは面白いんだけど、ストーリーを理解はしてない。なんとなく雰囲気で面白いと感じてる。まるで稲垣早希さんのエヴァものまねのように。

最近はエヴァの映画3本立て続けに観たし、稲垣早希さんのエヴァ関連の動画を結構観たんで、YouTubeのおすすめがエヴァだらけになってる。「そんなマニアじゃないんだけどなあ」って恐縮しながらも、考察動画なんか観てストーリーを理解できるよう勉強しようかなあ、とも思ったりもしてる。追い追いね。