カステラ書房の毎日

webで小説やエッセイを書く〝阿倍カステラ〟の勤務先。それが『カステラ書房』。今日もひっそりとオープン‼︎

カステラの底の薄い紙は甘くて美味しい紙 と、木の葉と紙をまちがえるヤギ

お題「#おうち時間

 

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 ☆ カステラロボです  ☆

 

 

 

ヤギは紙を好んで食べる、というイメージがあるが実はそうじゃない。

ヤギは木の葉を好んで食べるのだけど、紙の繊維の匂いを木の葉の匂いと間違えてしまうのだという。でもそれも昔の話で。今や紙の材質も変わり化学薬品やインクが使われてるので、ヤギがうまく消化することができずとても体に悪いようだ。消化不良によって腸閉塞などを起こす場合もあるのでくれぐれも与えないように、という。


好んでという事ではないけど、人が紙を食べるとしたらそれはもうカステラの底の薄い紙だ。あれは紛れも無く紙なのに、世の中にはあれを食べて良いものだと思ってる人もいるくらいだ。


結論から先に言ってしまうと、あの紙は食べられない。「当たり前じゃないか! 」と思った人、ごもっとも。右足出して左足出すと〜歩ける、のである。あたりまえ体操

でも仮に食べてしまったとしても体に害はない。ヤギのように間違えて食べてしまったら腸閉塞になったりするかもしれないけれど、腸閉塞になるまでカステラの底の紙を食べる人間はいないだろう。


でも何故、うっかり食べてしまうのか。それはその紙が甘くて美味しいからだ。世の中には気が遠くなるくらいの種類の「紙」が存在するけれど、「甘くて美味しい紙」はそれほどは無い。その中でその際たるものがカステラの底の薄い紙なのだ。


アイスクリームのカップの蓋ならばスプーンで刮ぐか舌で舐めればいい。セブンティーンアイスの包み紙だってそうだ。

でもカステラの底の薄い紙はセブンティーンアイスの包み紙と違って、ごっそりとカステラの部分を持っていってしまうのだ。同じ現象がセブンティーンアイスにも起こるとしたら、もはやそれは自動販売機で売る商品としては成立せず開発段階でアウトだろう。そういう意味ではカステラは外で食べたり、歩きながら食べたりするお菓子ではないので成立してる。上品に薄い紙を剥がし、すいかの赤い部分を残して食べ終わりとするように、紙についたカステラの部分を蔑ろにすればいい。上品さを求めないならフォークで刮ぐか、口の中に入れ前歯で刮げばいい。赤い部分が無くなって白いのがすいかの食べ終わりということだ。メロンなら皮に穴が空くほどに。

 

僕は阿倍カステラだから。いつかこの、「カステラの底の薄い紙」について語りたいと思ってた。


「いつかやろう」は大体、その〝いつか〟はやってこない。

いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』の〝いつか〟は恐らく、〝きっと〟やってきて、有村架純さんは泣いてしまうのだろうけど、その場合の〝いつか〟とは意味が違う。


その〝いつか〟は、今日、5月12日の火曜日か。


普段は「こんなもん誰が読むんだよ」と自分でも思う内容が多いけれど。

コロナ禍によるステイホーム。「おうち時間」活用において、ちったあ〜(少しは、の意)読み手を意識して書いてみた今回。どうだろう?


別に今回も大した内容でもないけれど、ヤギに紙を食べさせてはいけない事と、(自分の名が)カステラ故に「いつかやろう」と思っていた事と、その二つを語ることができた。前者は仰々しく言う類いのものでもなく、ただの〝前フリ〟なんだけど。

 

読んでもらえたなら幸いです。「カステラ」のことをちょっとずつ語っていこうと思ってたところなんで。

北原白秋とまではいかなくても、阿倍カステラとして語る楽しみをみつけたから。