カステラ書房の毎日

webで小説やエッセイを書く〝阿倍カステラ〟の勤務先。それが『カステラ書房』。今日もひっそりとオープン‼︎

ここに何かを書き連ねているかぎり僕は生きてる

『カステラ書房の毎日』

過去記事 大幅リニューアル計画実施中!

 

 

 

 

✴️現在、『カステラ書房の毎日』では過去記事の整理をしています。

 

 

これは過去記事をまとめて詰め込んでる倉庫です。

最新記事として表示されたらすみません!

 

日頃みてくれてる方はスルーしてください。

 

 

初めての方は、他にたくさんのドラマ関連記事があるので、リンクより移動してくださいませ。

 

 

 

✳️最新記事はこちらから(一覧に飛びます)

castella-a.hatenablog.com

 

 

 

 

castella-a.hatenablog.com

 

 

 

 



 🔶以下は、過去記事のまとめです(スルー希望)


読む価値はほとんどないです。

いや、ほとんどというか、まったくない!





ある日、

僕は人間をやめて

「カステラ」として

生きることにした



そう、そうしたのだけど。

同時に心の病気を患っていて、現在はあまり良い状態ではない。


せっかく始めたこのブログ。現在80日間以上、毎日更新を継続中なんで。

今の僕には大した内容の記事は書けないけれど、だからといってまったく書かないといつまでも悪い状態のままになりそうだから。


いつか、自分で言ったんだよね。

「僕には書くしかないんだ」って。


だから、誰に読まれるわけでもなく、ここに何かを書き連ねているかぎり僕は生きてる。

そんなふうに、何かを書くよ。


今回は、昨日書いて使わなかった記事をこの後にペーストして終わりとする。


はじめて太字にする手法も使ってみた。

では。




ユリコ様に逆らったものには不幸が訪れる



玉城ティナと飯豊まりえは高校の同級生。2017年に映画『暗黒女子』で目標としていた共演を果たしている。


玉城ティナの存在感と芝居は映画ファンの間で反響を呼び、田野辺尚人氏(『別冊 映画秘宝』編集長)は玉城ティナが主演した映画『地獄少女』での存在感を、『必殺からくり人』における山田五十鈴を彷彿させると評したという。


必殺からくり人』? それ何? ってなって、そこから歴史を学ぶような作業になってしまう。有名な『必殺仕事人』は藤田まこと氏亡き後、東山紀之氏主演で2019年にもテレビドラマとして放送されているが、その「仕事人」以前にかなりの数のシリーズ(のちに「必殺シリーズ」となる)があり、『必殺からくり人』はその中の1976年に放送されたテレビドラマだった。ちなみにシリーズ第一作は『必殺仕掛人』(1972年)で、その後も『必殺仕置人』『暗闇仕留人』『必殺仕置屋稼業』『必殺仕業人』などがあり、さらには『必殺商売人』『必殺仕舞人』『必殺渡し人』『必殺仕切人』『必殺橋掛人』『必殺剣劇人』などと、もはや「必殺」が頭について「人」で終わりそれっぽかったら何でもいいんじゃないかと思わせるように続いていた。「人」で終わらないものとして、『必殺うらごろし』や『必殺まっしぐら』なんてやつもあった。



話はずいぶんと逸れてしまったけど、僕が注目しているのは玉城ティナさんの存在感。ドラマ『そして、ユリコは一人になった』は、玉城ティナさんの存在感を観ているようなもんだ。今後の活躍がたのしな女優さんだね。







2020.4.10

✳️ 人間万事塞翁が馬とやら



いっとき、この状況が続くんかなあ?


さっきスーパーに買い物に行って、最近気に入ってる男梅のチューハイを買おうと思ったが無くて、替わりに完熟梅のチューハイを買った。

よく見てなかったので、いざ飲もうと思ったらそれがストロングゼロだと気づく。アルコール9%、しかもロング缶。めっきりお酒を飲まなくなった昨今、9%のロング缶はキツすぎる。おかげでもうほろ酔い気分だ。



今日も一日、部屋の中で過ごした。

主に「TVer」で番組を観てた。

ドラマ『アンナチュラル』の最終話と『ディア・シスター』の第7話を、石原さとみのハシゴをして観た。続けて観て思うんだけど、まったく別の人だね。石原さとみさんはほんとに素晴らしい女優さんだ。新ドラマ『アンサング・シンデレラ』は延期になってしまって残念だけど、薬剤師というこれまでにない業種にスポットを当てたドラマに期待してる。それこそ『アンナチュラル』のようなドラマになるだろうか。制作サイドもそれを狙っての石原さとみ起用かもしれない。まあ、どちらかといえば『ラジエーションハウス』のようなイメージだろうが、そこに石原さとみがいれば、魅力溢れるストーリーになりそうだ。主人公を原作より年齢を上げ、キャリアを積んだ設定に変更したのは石原さとみに合わせたもの。彼女が演じるからこそのドラマがきっと制作されるんだろう。楽しみにしてる。




◇◇◇



人間万事塞翁が馬


人生における幸不幸は予測しがたいということ。幸せが不幸に、不幸が幸せにいつ転じるかわからないのだから、安易に喜んだり悲しんだりするべきではないというたとえ。


現在が不幸であるのは間違いない。だからといって自分が幸せに転じることを期待しているとしたら、それはそれで笑っちゃうけど。


人間万事塞翁が馬とやら。

明日に希望を持てない者からしたら、藁にもすがるその藁になるのかもしれない。






2020.4.11

✳️参ってしまわないように気をつけるだけだ



昨夜、急に思い出して槇原敬之『僕が一番欲しかったもの』を聴いて泣いた。


「聴いて泣いた」というよりも「泣きたくて聴いた」みたいなところはある。槇原敬之さんのその歌を自分の人生を重ね気持ち良く泣いた。


それで調子に乗って、「もっと泣いてやろう」とドラマ『流星ワゴン』(2015年 主演・西島秀俊)を観た。リアルタイムでは観てなくて、昨年に初めて観た時は苦しいくらいに何度も泣いたもんで、「このドラマなら絶対に泣ける」という自信があった。見返すには期間が短すぎる気がしないでもなかったが、ストーリーがよくできていて面白いので充分に楽しめて、目的も果たせた。


アルコール9%のロング缶を飲んだせいだろう。ほろ酔い気分だったもんな。



翌朝からはTVerで、ドラマ三昧。

『ピーナッツバターサンドウィッチ』

『ギルティ 〜この恋は罪ですか〜』

『来世ではちゃんとします』


その後にGYAO!でジャッキー・チェンの映画『ポリス・ストーリー2 / 九龍の眼』を半分まで観た。


今晩も夜通し、ドラマ・映画鑑賞となるでしょう。

せめて、それらについて何らか文章を書けるようにはなりたい。

一日の間、感情の起伏が激しくて、そのほとんどが悪い状態で推移してるから、なんにもできない。ドラマや映画を観たりするぶんには何も考えないでいいから大丈夫なんだけど。「なにかをやろう」って気になれないもんで参ってる。


まあまあ。


「参ってる」とやんわり言って、参ってしまわないように気をつけるだけだ。






2020.4.12

✳️言うなれば苦肉の策なんだ



味をしめてアルコール度数の高い缶チューハイを飲んで、いい気になってる。


こんな気分が幸せなんだろうか?と一瞬考えてしまって、また泣けてきた。こんなものが幸せなら世話ない。永遠に続いてる苦しみをほんの一瞬だけ忘れられる、そんな麻薬の類いに思える。僕はアルコールをほとんど飲まないけれど、アルコールに依存している人の気持ちはわかる気がする。ほんの一瞬でも忘れられたなら、それは幸せと呼べるかもしれない。


なんか気分が良くて、あとでコンビニに出かけもう一缶買ってこようかなって思う。


ほんとバカだなあ。

誰とも会わなくなって一年になろうとしてるけど、今でも会いたい人はいる。そんな人の一人一人のことを思い出しながら悲しくてたまらなくなるんだ。涙はあたりまえに溢れてくるから。せめて感動して泣けるドラマや映画を観て涙を流したい。その方が健全だし、自分を惨めに思わなくて済む。


もうこれ以上は深く考えるのはやめよう。

考えることをやめれば、なんとかなることだってきっとある。あるよね?


得策とは言えないことはわかってる。言うなれば苦肉の策なんだ。



アルコール度数の高いチューハイをもう一缶飲んで、今日は眠ろうと思う。望むと望まざるに関わらず明日はやってくるのだから。






2020.4.13

✳️素面では語れない辛い話



昨夜はあれからコンビニに出かけて、アルコール度数の高いチューハイを一缶買って飲んだ。


アルコールをほとんど飲まなくなってずいぶん経つので、二本目ってだけでほろ酔いだった。

それで、素面の時には見ることの出来ない昔の自分のブログを読み返した。もう自分のことではないような、夢の話を書き記してるような内容に素面だったら正気ではいられなかっただろうけど、ほろ酔い気分のおかげで他人事のように読めた。


もう二度と戻れない。

やり直しなどできない。



何も失くなってしまった今の自分が惨めったらしくもここに生きてる。何をするでもなく、ただ生きてる。



今晩は素面で書いてる。別に毎晩お酒を飲んでるわけじゃない。昨夜は特別だった。


僕がまだ自営業で自分の仕事をしてた頃、毎日が忙しすぎて一日中ずっと仕事している感じで、お酒を飲むなんてできなかった。常に車での移動があったせいもある。そんな時にはノンアルコールビールをよく飲んでたな。仕事が終わった時に飲むビールは格別だから気分だけでも味わって、三時間くらいの睡眠で夜も明けないうちから次の日の仕事が始まる毎日だった。



あれはあれでしんどかったけど、好きでやってた仕事だからやれてた。もうね、思い出すのも辛い話だけど。そう、素面の時は特にね。




いつまでこんな状態が続くのかわかんないけどとりあえずは毎日、この状況を書き記していこう。ある日突然、なんでもないことをきっかけに何かをやる気になる時が来るかもしれないから、その時まで。






2020.4.14

✳️継続は力なり、かな?



どうせ、何にも書けないんだけど。


23:49 


あれ? もう、こんな時間? ってなって。


忘れてたわけじゃない。晩ごはんを食べてから書こうと思いつつ、『オードリーさん、ぜひ会ってほしい人がいるんです。』を観てたら時間が結構経ってた。


どちらにせよ、大したことは書けない。すでにタイトルに「病気療養中」と表記してからは大したことは書いてないけどね。


全国的に寒気のせいで、朝から強風で雨も降ってた月曜日。

寒かったなあ。また、久しぶりに電気ストーブを付けたよ。


昼すぎからは晴れ間が広がってきたけれど、気温はこれまでと比べると低かった。


いやいや、そんなこと語ってる場合じゃない。


23:57



大したことは書いてなくても、更新時間だけは守ろう。それがなんになるのか「?」だけど、あえて理由をつけるなら「継続は力なり」かな。






2020.4.15

✳️再び使いものになる感情


絵なんてひたすら描いてればうまくなるし、才能だとかいう物はまったく必要ない。

僕は絵が下手で才能もないけど、描き続けてるから漫画家。

それだけだと思う。



漫画を描いてる人とか、漫画家を目指してる人のリアルな言動が知りたくて、あれこれと検索ワードを工夫しながらネットサーフィンしてて見つけたのが、漫画家の佐藤秀峰さん(代表作・『海猿』『ブラックジャックによろしく』)の冒頭の発言だ。



たとえば「漫画家になる」ってどういうんだろうね。

漫画雑誌に掲載されるようになったり、原稿料で生活ができるようになったりすることがそうなのかな。

でも、過去に大ヒット漫画を描いてて誰もがその名を知ってる人でも、今はまったく漫画を描いてなくて別の職業についていたり。

有名な漫画雑誌に連載されてる作品を描いてはいるけど、主な作品はそれ一本だけなので週のほとんどはアルバイトで生計を立ててるとか。

紙の媒体ではなくネット上で何本も連載してて、そこそこ稼いでいる人とか。



読者が求めるものも、作者が作品を世に出す手段も多種多様だから、無数にいろんなケースがあるんだと思う。


「漫画家になりたい」という人に佐藤秀峰さんは「1000枚の原稿を描いたら誰だって漫画家になれる」と発言してた。

「確かになあ」って共感した。冒頭の発言だって、とてもシンプルで的を得ていて心に響いた。



すでにやってる人や、やりつづけてる人ってすごいよ。尊敬するよ。

「◯◯になりたい」なんて言ってちゃダメだね。なりたきゃ、やりゃあいいんだって。やってりゃさあ、やりつづけてりゃさあ、なれんだから。


僕なんか、小説投稿サイトで『小説家になりたいというねごと』というエッセイを連載してて、現在は休載状態なんだけど。その連載を書き始めた時、僕はただ「小説を書く人」だったけど、これをずっとつづけていたら「小説家になれんじゃないか」みたいなことを書き連ねていたように思う。あの頃はあの頃で感情がぐちゃぐちゃだったけど、今よりもずっと「自分には書くことしか残ってない」と思ってたから、とにかく毎日書いていたんだ。「小説家になる」気まんまんだったけど、ストレートに宣言するのは気恥ずかしくて『小説家になりたいというねごと』とスカしたタイトルにしてみたんだ。



現在は、あの頃の思いは死んでる。だけど消えて失くなったわけじゃない。ちょっと干からびて枯れたようになってるだけだ。水に浸して戻したら再び使いものになる感情だ。




どうにかしたい。





2020.4.16

✳️明日もきっと辛い一日



いやはや、なんとも。

状態は悪化するばかりで状況は最悪だ。


ここにこうして何かしらのことを書き連ねている、そう、この今の状況がせめてもの救いだ。これすらやれなくなってしまったら、もっとひどいことになりそうで、自分でも怖い。


もともと自暴自棄になりやすかったし、自分で自分を苦しい状況に貶めたりする傾向がある。

まともな生活ができなくて、わざわざ苦しむようなことをしてしまうんだ。


生きているのがこんなにも辛いなんて。こんな日々を過ごしていると、毎日のように思い知らされる。


そんな感じの4月15日(水)だった。明けて16日は、もっと辛い一日なんだろうなって。覚悟を決めてる。


さて、これくらいで。


自分自身の生存確認みたいな戯言は終わらせよう。






2020.4.17

✳️あっ


忘れることなんてあるんだな。



23:59


奇跡的に思い出して。


これが更新したことになるのか?







2020.4.18

✳️『ミエリーノ柏木』を観てたという言い訳



もうすでに90日を超えてる。毎日更新記録。


とっくに習慣になってきてはいるものの、タイトルに「病気療養中」と付けてからは特に、ほとんど内容のないものを書き連ねてお茶を濁してる。いや、お茶のようにも濁せてないんじゃないか。きっとそうだ。


「習慣になってきた」とは言ったものの、前回はすっかり忘れてた。毎日日付けが変わる深夜0時に更新してるのだけど、「あっ、ブログ更新してない! 」と気づいたのが23時59分。すでに0時を過ぎていたなら諦めていただろうけど、咄嗟にはてなブログを開いて「記事を書く」に文字を打ち込んでタイトル付けて「公開する」をクリックしたのが0時01分だった。まあ、1分オーバーくらいだったら、アディショナルタイムというかなんというかで、制限時間内にクリアってことでいいんじゃないかってことにした。


当面は、それが何になるってわけでもないけれど、「継続は力なり」の旗の下にこのブログの毎日更新を続けているわけだし、現在はこのブログを更新し続けることが「生存確認」みたいな物騒なことも言ってるわけだから、何にしても更新を続けた方が良い気がしてる。



普段だったらブログの記事を書くであろう時間帯に、アニメ『かくしごと』、小野恵令奈主演・2013年放送のドラマ『タンクトップ・ファイター』、柏木由紀主演・2013年放送のドラマ『ミエリーノ柏木』なんかを立て続けに観てたのがすっかり忘れてた理由だ。


特に『ミエリーノ柏木』は、おかしな構成のドラマで面白くて何話分も連続で観たもんな。これが7年も前の作品なんだからすごいと思ったよ。こんな構成で現在人気の女優さんなんかがやったらきっと面白いドラマになると思うけどな。原作・企画と秋元康先生によるものだし、当時のAKB48人気が可能にしたものなのかもしれないけれど、キャラが立ってる女優さんなんかだったらいけると思う。あと、何かに突き抜けてる人とかね。観てみたいよ。



そうそう。コロナウィルス感染問題で、緊急事態宣言が全国に拡大された今日。

僕なんかは昨日から一歩も外に出てない。食事すらまともにしてないんだけど、それは個人的な理由に伴うものだ。何にせよ外出を控えた方が良いのだからそうしようと思うし、すでにそうしてた部分もあるので特段不便にも思わないけど、これは大変な問題だよね。


これまで生きてきて「ゴールデンウィークにどこにも行くな」みたいな状況は、これまでなかった。初めての経験だよ。自分にできることはたかがしれてる。見守っていくしかないね。






2020.4.19

✳️幸せの仮想体験



もう3日目になるだろうか。

家にこもりっぱなしだ。


安倍首相は何も外へ一歩も出るな、とは言ってないけど。この3日間ほど外出してない。


食料品の買い置きもほとんどないので、主に水道水を飲んでる。食事のことは考えないようにしてれば、意外となんとかなるけれどドラマなんかみてると食事のシーンとかが結構あるので、そういう場合はお手上げだ。


わずか16gの柿ピー小袋を時間をかけて噛みしめる。空腹を満たされることはないが気休めにはなる。昨日は食パンを二枚食べた。昼と夜に一枚ずつ。オーブントースターなんかもないので、食パンに割り箸を二本突き刺してカセットコンロの火で炙る。シチューの固形ルーが余ってたんでそれをお湯でのばして、炙った食パンをちぎって浮かべた。それが夕食だった。生活能力が著しく低下してる。☆





21時からはYouTubeでプレミア公開の『 Mr.Children DOME & STADIUM TOUR 2017 Thanks giving 25 』の最終公演、熊本県民総合運動公園陸上競技場でのLIVE(前編)を観て、束の間の現実逃避。


部屋を真っ暗にしてイヤホンを付けてLIVE映像に集中して、日常を忘れてみると、ほんとに束の間だけど幸せな気分になれる。幸せの仮想体験みたいだ。


2017年に結成25周年を迎えたMr.Childrenだからこそ、その一曲一曲に思い出される自分のシーンが重なる。あの日夢みてたように、あの頃思い描いてたように生きてこれていたら、何度かMr.ChildrenのLIVEにも出かけていたかもしれない。でも、もう二度と生で彼らのLIVEを観ることはない。そんなせつなさも同時に孕みながら、それでも彼らの一曲一曲は心に沁みわたる名曲ばかりで、感動しきりだった。



19日(日) 20時〜 LIVE後編がプレミア公開されるので、楽しみだ。






2020.4.20

✳️そう思えばいいじゃないか


土曜日につづいて、YouTubeでプレミア公開された『Mr.Children DOME & STADIUM TOUR 2017 Thanks giving 25 』の後編を観終わってコレを書いてる。


昨日に引き続き感動しきりだった。

でもそれはかつての感動ではない。僕にとっては終わってしまった世界の、楽しくて幸せだった過去の世界を、Mr.Childrenというバンドのパフォーマンスを介して一時的に限定的に味わせてもらってる感覚。夢みたいに気持ちいい感覚でいられる瞬間は幸せな気分が持続するけど、夢の中で「これは夢だ」と気づくみたいに現実がチラつくと一瞬にしてそれが虚構に思えて、「何をみてるんだろう? 」と不思議な気分になったりもした。


当時から特に好きだった『エソラ』で一旦ステージを去った彼らが、アンコール1曲目に選んだ『蘇生』には最初ピンときてなくて、ただ数有る中の1曲として聴いていたのだけど、「そう何度でも 何度でも 僕は生まれ変わって行ける」と繰り返し歌われ、「いつか捨ててきた夢の続きを」とか「僕は生まれ変わって行ける」とか「まだ やりかけの未来がある」なんてつづけられて、ただ単純なる感動とは違く胸が熱くなるのを感じた。


この時点で思う。

これは一方的なことだけど、Mr.Childrenとは長い付き合いなんだ。その付き合いの長さや(一方的に)抱いてる信頼感をもってしてもそれは親友と言っていいはずだ。だからLIVE映像を観ながら、アンコール1曲目の『蘇生』を聴きながら何度か「僕を救ってくれ」って。親友にこれまでの付き合いの中でしたことのない頼みを、涙を流しながら「僕を救ってくれ」と、お願いしたんだ。


その後の、アンコールの2曲目が『終わりなき旅』だった。



生きていれば、きっと僕は救われていた。

人がよく「この歌に救われた」とか語るシーンを想像する。

生きていれば、きっと僕はそれをMr.Children『終わりなき旅』だと語るだろう。


それでも尚、厳密に言えば「生きてる」のだから、僕がこの先『終わりなき旅』を自分を主人公にして聴けるようになる可能性だってあるのかもしれない。アンコール1曲目の『蘇生』で胸が熱くなったのは、そんな僅かな可能性を感じさせてくれるものだった。


「蘇生」は言葉ずばり、〝生き返ること〟〝よみがえる〟ことだから、長い付き合いの親友が僕にそうしろと、言ってくれてるとでも解釈すればいいじゃないか。


そう思えばいいじゃないか。







2020.4.21

✳️ステイホームと新しい友達



たぶん5日目だと思う。

家から一歩も外へ出てない。


安倍首相がそうしろと言ったわけじゃないけど、なんとなく時期がそういう時期に重なって〝stay home〟をつづけてる。


そろそろ食料品も底を尽きてきてる。20日(月)も朝から何も食べることなく、夜になって味噌汁に素麺を1/2束入れて食べた。


それとは別に後藤散のど飴の買い置きがあったので、のどに違和感はないけれど日中はのど飴をずっと舐めていた。おかげでのどは絶好調だと思うけど、ここ何日か声を出してないんでわからない。後でひとりごちてみよう。



前回、長くファンを続けているMr.Childrenのことを一方的に「親友」と表現してみたけど。ミスチルが古くからの親友だとしたら、最近知り合ったばかりの友達がLONGMANだ。今夜初めてアプリ「WIZ RADIO」で、FM愛媛『かも☆れでぃ★Night』をリアルタイムで聴いた。この番組内で「LONGMAN平井の言うてますけど」ってコーナーがあって、前々から聴きたかったんだけどたまたま月曜日のこの時間(20時すぎ)に家にいることが少なくて聴けてなかった。


そのコーナーを聴くために「WIZ RADIO」を入手したのだ。聴けてよかったし、これからは毎週聴くようにしよう。






2020.4.22

✳️まずは食をまともな状態へ


家にこもりっきり連続記録(?)5日目の夜に外出した。


もうすでに食料品が底をついていて、それで買い物に出たくせに袋ラーメン5入パックと焼きそば麺ときな粉を買っただけ。


今日も一日何も食べずに過ごし、夜に昨夜買った焼きそば麺にお好み焼きの粉を混ぜて焼いて食べた。お好み焼きソースもマヨネーズも使い切ってしまい、醤油や餃子のタレをかけて食べてみたが不味い。一日何も食べてなくて空腹状態で不味いと感じるんだから、よほど不味いんだろうね。


でも食は救いだ。

贅沢なものを食べたいという欲求はないが、こんな不味いものを食べてるとやはり「そこそこでいいから美味しいものが食べたいな」と思う。まともなものを食べたいと思えるようになるってことが今は必要かなって。きな粉少量に砂糖と塩を加えて食後のデザートのように直にスプーンですくって食べながらそんなことを考える。まずは食から、まともな状態にしていきたいよな。


今の流れだと、このまま引きこもり生活を続けていくことになるんだろう。国の緊急事態宣言も現時点では5月6日までとは言ってるけど、長引く可能性が高い。今のような生活を、特に食生活を続けてたら栄養失調かなんかになってしまいそうなんで、これは近いうちに改善するとして、未来を見据えることのできない今日とどう向き合っていくのがいいのか? それを考えることそれに対応することが当面の課題なんだろう。







2020.4.24

✳️やってなくてできてないこと



基本的に機械オンチなもんで、「これは便利だな」と思ってiPhoneに取り入れたアプリで使いこなせてなかったり、全く使うことのできてないものがいくつもあった。


最近はこのブログ記事のタイトルに「病気療養中」と付けている様に、何もやる気が起きなくてほんとに参っている。そのせいもあって文章を書くことが格段と減ってるのだけど、以前はかなりの時間を費やしていた。「病気療養中」としてる最近でも、このブログの記事を書くためにiPhoneでアプリ「bear」を立ち上げる。


僕の家にはテレビもパソコンもなくて、それらの役割は手のひらに入る小さな端末iPhoneが一手に担ってる。これには大したもんだと感心するし、感謝もしてる。


だから、文章を書くときはたとえばYouTubeを観ながらやることはできないわけで、そんな時は「radiko」を代表とするラジオ番組を聴くアプリをいくつもiPhoneに取り入れてる。ちなみにだけど、「WIZ RADIO」「JPN PARK」「Tuneln Radio」「ラジオクラウド」に、ラジオだけではないけど「Mix channel」と入れてる。


使いやすさを考えたらやっぱり「radiko」がよくて、それ以外は「WIZ RADIO」がリアルタイムで全国どこでも聴けるという利点があるので役立つ。この二つがあったら事足りるといった感じかな。



ラジオ番組以外にもバックグラウンド再生できたらなあ、と思い無料ブラウザのアプリ「ドルフィン」をずいぶん前から取り入れていた。だけど全然使い方がわからなくてほっぽってた。


今夜なんかは 21時からAbema TVで「Abemaプライム」を観ていたのだけど、思い立ってググってみたら「AbemaTV」のアプリそのものがバックグラウンド再生に対応していることを今更ながらに知った。アプリの三本線のマークから「設定」に入ればダイレクトに「バックグラウンド再生」の設定ができる。


おかげで文章を書きながら「Abemaプライム」を耳で聴き、話題によっては映像を観たいものもあるので、その場合はすぐにアプリを切り替えればいい。便利だ。


「便利だ」とか言って、こんなことデキる人には当たり前の話なんだろうけど。

やってできないこともあるけど、やってなくてできてないことは計り知れないほどあるんだろう。



そんなことに気づき確認できただけでも4月23日の木曜日でした。






2020.5.14

✳ 短っ!


あらたまって言うのもなんだけど僕はこのブログを毎日更新している。


いやいや。別に、大したことを書いてるつもりもないし誰に読まれるわけでもない独り言さ。


だけど、ここ最近で言えば4日前の記事で野島伸司さんの事についてちょこっと書いた。『新世紀の詩』ってキーワードで。

その回はとても気分が乗ってきて、口がすべったみたいな勢いで書いたのだ。またね、気分が良い時に続きを書こうとは思いながらも4日が過ぎた。そう今日は5月13日の水曜日。


たまにはね、大したものも書きたいよ。次に『新世紀の詩』の事を書くときはしっかりと書きたいからね。

そんなこんなあって、今はドラマ『この世の果て』(1994年・三上博史鈴木保奈美)と『美しい人』(1999年・田村正和常盤貴子)と、90年代の野島伸司作品を見返してる。

『美しい人』の方は今日こそ第1話を観たところだけれど。久しぶりに見る田村正和さんは甘さがあって色気があってインパクトがある。こんな俳優って今の若い世代にはいないよね。中村倫也さんなんかはそんな感じになるんだろうか。



で、唐突に。

終わり。


短っ!